朕は国家で国家は朕 ルイ14世

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こんにちは。こんばんは。今回は17世紀のフランスで絶対王政を行った、

「太陽王」ことルイ14世について書いていきたいと思います。

タイトルにある「朕は国家なり」の言葉は名言なのかどうかは分かりませんが

聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。

そんなルイ14世について、彼が何をしたのか、どんな人物だったのか見ていきましょう。

  • ルイ14世とは
  • 彼は何をしたのか
  • 戦争しまくり
  • エピソード
  • 晩年

ルイ14世とは

彼はフランス・ブルボン王朝においてルイ13世の子供として生まれました。

父親が死んで間もなく即位したため、即位したときはわずか4歳。

そのため実権は宰相のマザランが握っていました。

23歳の時にマザランがくたばり、そこから親政を開始。絶対王政を確立しました。

1643年から1715年までの72年間の即位は歴史上最も長い君主在位期間の一つです。

太陽王の名に恥じぬように、ある逸話では日の当たる時間しか働かなかったという話もあり、

身長が小さかったことからハイヒールを履き、肖像画のようなカツラをかぶって過ごしていたそう

幼少のころからバレエをやっていたそうで芸術家の一面もありながら

美食家の面もあり、毎日4時間以上かけて食事を楽しんでいたと言われています。

彼の食事は信じられないほど豪華で、フルコースのメニューには何十種類もの料理が並び、

メインディッシュは7皿以上が当たり前だったそうです。

また食事の際当時のフランスでは、食事の際に手づかみで食べるのことがあったそう。

しかし、ルイ14世は「手が汚れるのが嫌だ」として、スプーンとフォークを使うことを貴族たちに強く勧めました

また、食事中のマナーも厳しく、「スープをすするな」「ナイフで爪を切るな」など、

現代のテーブルマナーの基礎を築いたのも彼の功績の一つとされています。

彼は何をしたのか

彼の功績で思いつくのはヴェルサイユ宮殿の建設でしょう。

バロック様式を代表するこの壮大な建物は20年以上の歳月をかけて建てられ、

「鏡の間」や王の寝室、800ヘクタール以上の大きさである庭園など宮殿内はあらゆる場所も豪華でした。

しかしそんなヴェルサイユ宮殿は最初トイレがなかったという話があり、

ただ唯一ルイ14世は自室に「専用の黄金の便座」を持っていたと言われています。

そのため貴族たちは宮殿内のあちこちで用を足し、宮殿はかなりの悪臭を放っていたとか。

後に一部のトイレが設置されましたが、それでも衛生環境はあまり良くなく、香水でごまかしていたそうです。

 また1685年にはナントの王令を廃止し、たくさんのユグノーたちを迫害しました。

ユグノーたちは勤勉だったため、フランスの商工業を支えていたのですが、迫害されたことによりお隣のプロイセンへ亡命。

その結果フランスの産業が衰え、代わりにプロイセンが発展していきました。

 ルイ14世の財務長官はコルベール。輸出を拡大し、富国強兵を狙う重商主義を進め、

王立マニュファクチュアなどを建設させました。

戦争しまくり

そしてルイ14世はヨーロッパの覇権を握るために、よく戦争をふっかけました。

スペイン領南ネーデルラント(現在のベルギー)をフランスが奪おうとした戦争である

南ネーデルラント戦争や、オランダを服従させるためにフランスが仕掛けた戦争であるオランダ戦争、

ルイ14世が神聖ローマ帝国のファルツ選帝侯領の継承権を主張し、ヨーロッパ諸国と戦争した

ファルツ継承戦争など王位継承権を理由にたびたび戦争を起こしました。

大きかったものはスペイン継承戦争(1701年)でしょう。

スペイン王カルロス2世の死後、ルイ14世の孫フィリップ5世がスペイン王位を継承したことに

ハプスブルク家がわであるイギリス、オーストリア、オランダなどが

ブルボン家の強大化を恐れてフランスに反発。この戦争はイギリスとアメリカ植民地をめぐる争いでもありました。

10年以上戦った結果1713年ユトレヒト条約をフランスは結ぶこととなり、

フランスはフィリップ5世の即位を認められたものの、イギリスにアメリカ大陸の

ハドソン湾地方、ニューファンドランド、アカディアを渡すこととなった。

フランスが戦争を起こすと、他のヨーロッパの国々は同盟を結んで対抗し、

度重なる戦争によってフランスの国力は衰退していくこととなった。

エピソード

 

そんなルイ14世のエピソードをいくつかご紹介。

 意外なことに、ルイ14世はほとんどお風呂に入らなかったと言われています。

当時のフランスでは「水が病気を引き起こす」という迷信があり、王もその影響を受けていたようです。

お医者さんが「清潔にすることは病気を予防するために大事」と説明しても、「熱いお湯を浴びると体に悪い」と主張して、

生涯に三回ほどしかお風呂に入らなかったという説もあり、

その代わりに香水を大量に使い、衣服を頻繁に替えていたとか。

彼の周りは常に豪華な香水の香りに包まれていたと言われています。

 またルイ14世は数々の愛人を持ったことで有名です。特にモンテスパン夫人マントノン夫人が有名ですが、

彼には少なくとも13人以上の公認された愛人がいたと言われています。

モンテスパン夫人との間には7人の庶子が生まれ、うち6人が公爵などの高位の称号を与えられました。

彼の宮廷では、どの女性が王のお気に入りかが大きな関心事だったようです。

 ヴェルサイユ宮殿など豪華なものが好きそうなルイ14世ですが、意外にも「節約好き」な一面がありました。

彼は宮廷のろうそくや油を無駄にすることを嫌い、夜はすぐに消すように命じていたそうです。

また、彼の愛人たちには「無駄遣いしないように」と言い聞かせていたとか。

しかし、自分は豪華な服を着たり、贅沢な食事を楽しんだりしていたので、

周囲からは「王の節約術はちょっと矛盾しているのでは?」と陰で笑われていたという話も。

晩年

ルイ14世は、当時としては長生きした王ですが、歯の健康には恵まれませんでした。

彼はひどい虫歯に悩まされ、ある時「治療が面倒なら全部抜いてしまえ!」と決断。

上の歯をすべて抜くことになりましたが、手術の技術が未熟だったため、顎の骨まで損傷してしまったとか。

このせいで、王の口から食べ物がこぼれるようになり、食事のたびにナプキンで口元を拭わなければならなかったそうです。

そして噛めないことは消化不良をまねき、下剤を飲む生活に。

その結果今度はおなかが緩くなり、大便がよく出たため、

ルイ14世はトイレで用を足しながら執務を行うことに。

大臣や貴族たちが並び、彼がトイレを済ませるのを見届けながら重要な国の決定が行われることもあったそうです。

そしてトイレは匂うため貴族たちはハンカチに香水をつけて、鼻を抑えながら

便器に座るルイ14世と話をしていたそうな。

まとめ

派手な生活をしていても、トイレで政治をすることになることもあります。

健康第一です。みなさん。

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