こんにちは。今回は世界史屈指の英雄の一人でもあります、アレキサンドロス大王についての
エピソードをお話ししたいと思います。
マケドニア出身であり、父親であるフィリッポス2世が暗殺されて、
20歳という若さで王位に就いたアレキサンドロス大王。ギリシアを制圧し、
当時の大国アケメネス朝ペルシアを倒すため、遠征を開始。
その後も勝ち続け東方拡大を行い、大国を築いた彼。
そんな人物の面白いエピソードをいくつか紹介したいなと思います。
- 何をしたのか
- どんな人物だったのか~性格①~
- どんな人物だったのか~性格②~
- 死に際
何をしたのか

金髪で目はオッドアイ、先生はアリストテレスで頭が切れて戦に強い。
そんな彼は王位についてからまずギリシアを統一しました。
その後アケメネス朝ペルシアを攻め、紀元前333年ペルシアの王ダレイオス三世とイッソスの戦いで激突。
この戦いに勝ちダレイオス三世は敗走。アレキサンドロス大王は進路を南に変え、
補給路を断たれるのを防ぐため、フェニキア人の住む都ティルスを攻め滅ぼし、
背後を固めるためペルシアの支配下にあったエジプトを攻撃。
その後も多くの地域に作られる都アレキサンドリアを建設する。
紀元前331年アルベラの戦いで再度ペルシアと戦い、スサとペルセポリスを獲得。
この戦いに負けた、ダレイオス三世は逃走。
しかしながら逃走中に部下に殺されてしまう。戦いが終わったかに思えたが、
アレキサンドロス大王は東方遠征を継続。その後も戦いに勝ち続け、
イラン高原を通り、ヒンドゥークシュ山脈を越え、インダス川上流まで進んだ。
まだ進軍し続けようとした大王だが、ここにきて兵たちが言うことを聞かなくなった。
東方遠征を開始して約8年。兵たちは故郷であるギリシアから遠く離れたインドの地でホームシックに。
大王は兵たちを説得するも心変わることなく、ここで東進は終わりとなった。
この東方遠征でペルシアとギリシアの文化が融合政策が行われ、大王も帰りの道中で
ダレイオス三世の娘と結婚式を挙げた。ギリシア文化の広まりをヘレニズムという。
戦いも終わりほっとしたのもつかの間、ギリシアへの帰り道の道中で大王に悲劇が。
仲間たちと談笑し、ゆっくりしていると彼に蚊が止まった。
数日後彼は高熱を出し、病に伏しそのまま死亡。マラリアにかかってしまった。(様々な説あり。暗殺など)
32歳という若すぎる死だった。
どんな人物だったのか~性格①~
彼は大王であったが甘えん坊であったという説がある。
東方遠征を行っている最中には「ママ(オリュンピアス)」に熱心に手紙を書いていたという話があり、
戦いの中での最大の娯楽だったそうな。
また子供のころから恋人関係にあったとされる家臣のヘファイスティオンを溺愛しており、
あるときには「ヘファイスティオンの太ももに支配されている」ともいわれ、母も心配してました。
そんな溺愛していたヘファイスティオンが病死したときは悲しみ、ふさぎ込んで
医者を殺し、祭壇を作って神として祀り生贄として次の戦いで敵を皆殺しにしました。
怖いですね。
どんな人物だったのか~性格②~
もちろん大王としてのエピソードも多くあります。
例えば、小アジア(現在のトルコ)のゴルディオンという町には、
「この結び目を解いた者はアジアを支配する」という伝説がある複雑な縄の結び目がありました。
多くの人が解こうと挑戦しましたが、誰も解くことができませんでした。
アレキサンドロスはこれを見て、剣で一刀両断し、「解いたも同然だ!」と宣言しました。
またある時、アレキサンドロスの軍は砂漠を行軍しており、激しい渇きに苦しんでいました。
兵士たちがなんとか水を少し見つけ、王に差し出しました。
しかし、アレキサンドロスはその水を受け取らず、目の前で地面に捨てました。
「私だけが飲めるなら、誰も飲まないほうがいい」といいました。
この行動により、兵士たちは彼に深い忠誠心を抱き、「この王になら命を捧げてもいい」と思うようになったと言われています。
これはいいっすね。
また哲学者とも関りがあり有名なものがディオゲネスとの会話です。
アレキサンドロスがコリントスを訪れた際、哲学者ディオゲネスに会いに行きました。ディオゲネスは物欲を捨て、樽(たる)の中で生活していた変わり者でした。
アレキサンドロスは興味を持ち、「私に望むことがあれば何でも言え」と言いました。
するとディオゲネスはこう答えました。
「そこをどいてくれ。お前が立ってると太陽の光が当たらない。」
この大胆な発言に周囲は驚きましたが、アレキサンドロスは大笑いし、
「もし私がアレキサンドロスでなかったら、ディオゲネスになりたかったわ。」
と語ったと言われています。
このエピソードは、アレキサンドロスが単なる征服者ではなく、哲学や知恵を尊ぶ人物だったことを示しています。
これもいいっすね。
死に際
先ほども触れたようにアレキサンドロスは32歳という若さで死にました。
アレキサンドロスが死ぬ間際、彼は棺桶から両手を外に出すようにという奇妙な遺言を残しました。
理由を尋ねられると、彼はこう答えました。
「私は世界を征服したが、死ぬときは何一つ持っていけないことを伝えたい」
そして息が引き取る間際に部下が聞きました。
「次の王は誰に?」
アレキサンドロスは「最も強きものに・・・」
この言葉が原因で、彼の死後帝国は分裂。ディアドコイ(後継者)戦争が始まった。。
まとめ
いかがでしょうか。
完璧にも見える人間にも多くの悩みがあり、多くの側面があります。
人にやさしくしましょう。
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