お久しぶりです。
世界史の授業の中で印象に残っている人物の中の一人に冒頓単于がいます。
そんな冒頓単于の印象深いエピソードを書きたいと思います。
ついでにいつ頃に出てきた人物なのかも書いときますね。あはは
- エピソード
- いつ頃出てきた?なにした
・こいつのエピソード

上のずんぐりむっくりした子が調べたら出てくる冒頓単于です。
まず彼は若い時に敵国に人質に出されて、そこでまあひどい目にあいました。
だから父親を恨んでたんですね。
そこで彼が王に即位する際にこんなエピソードが史記によって残されています。
彼は彼の親衛隊を率いて言いました。
「俺の愛馬を射れ。」
それが出来ない部下をその場で殺しました。
次に言いました。
「俺の妻を射れ。」
「えっ。」部下が言いました。
そんな部下を冒頓単于は殺しました。ついでに弓を射らなかった部下も殺しました。
そんなことを繰り返しているうちに親衛隊には冒頓単于に忠誠を誓った人間しか残らなくなりました。
もうめちゃくちゃな奴しかいませんでした。
最後に恨んでた父親のところに行きました。そして冒頓単于は言いました。
「父親を討てぇ!!!!!!」
こうして王になりました。めでたし、めでたし、たしめで。
このエピソードを聞いて冒頓単于がテストで出てきたときに思いだせないことはありませんでした。
・こいつは何をしたのか
冒頓単于の前に匈奴について簡単に述べておきたい。
匈奴のもととなった騎馬民族がスキタイと呼ばれる。スキタイは紀元前7世紀に登場する騎馬遊牧民族であり彼らは高度な文化を携えていた。
彼らの文化はのちに東に行った中国北部の匈奴や、中国西部にいた月氏、そして天山山脈北部に行った烏孫に分かれていく。
匈奴は王の名称を単于とし、遊牧民族は圧倒的なカリスマ性を持ったリーダーが現れたときに大変な力を持つ。チンギス・ハーンのモンゴルなどを見ればおわかりいただけただけるだろう。
また匈奴が月氏と戦ったさいに、彼らは月氏の王に勝ち、王の頭蓋骨を杯にし、酒を飲んだという話もある。そんな彼らの中に、紀元前3世紀末、誕生したのが冒頓単于である。
彼はさっそく、中国に攻撃を仕掛けた。当時の中国皇帝は前漢の高祖(劉邦)である。
中国軍は匈奴の罠にかかり、あっという間に包囲された。
そこで劉邦は美女と贈り物をするから勘弁してくれといい、開放してもらう。
そうして匈奴と前漢の貢物の関係は紀元前2世紀の武帝が匈奴を倒すまで続いた。
いやー怖いね。
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